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かけ算がピンとこない話(追記あり2023/10/07)

登場人物

 温泉マーク(通称温マ)。オートチューンがかかるVTuberとしてYouTubeを中心に活動中。

🐣 読書と音楽が好きな生命体。

👼 読書と音楽が好きな天使。

温泉マークの悩み

かけ算がよくわかんないんですよ。

🐣:なんですか急に…?

👼:温マさん、最近までSPIの勉強やってましたもんね。そこでまさかのかけ算でつまづくと…

:いや、できるんですよ?かけ算。でもなんかピンとこないというか…例えば、2 × 2 = 4じゃないですか。

🐣:はい。

👼:そうですね。

:で、3× 6 = 18ですよね。つまり、2を2セット用意するから4で、3を6セット用意するから18ってことじゃないですか。で、そう思ってたらつぎの式見てください。

10 × 0.3 = 3

なんか変じゃないですか?

🐣:変なことはないですよ。

:さて、ここで紹介したいのがこちらの書籍です。

カント『プロレゴーメナ

👼:カント『プロレゴーメナ・人倫の形而上学の基礎づけ (中公クラシックス)』ですね。カントの主著である『純粋理性批判』をカント自身が分かりやすく説明することを目指した入門書です。

:ここで引用したいのが以下のくだり。

 注意しておかなければならないのは、本来の数学的命題はつねにア・プリオリな判断であり、経験的ではないということである。これらの命題は必然性を伴っているが、必然性は経験からは取り出せないからである。(中略)

 立ち入って考察すると、7と5の和の概念が含んでいるのは2つの数を或る1つの数へ結合するということだけで、両方の数を総括するこの1つの数が何であるかは、その結合によってはまったく考えられていないことがわかる。12という概念は、私が7と5を結合することを考えるだけですでに考えられているのではけっしてない。だから、そういう可能な和の概念を私がどんなに分解してみても、私はその中に12を見つけ出しはしないだろう。両方の数の一方に対応する直観、たとえば5本の指とか、〔ゼーグネルが彼の算術書で示しているように〕5つの点といったものを助けにして、この直観に与えられた5つの単位をつぎつぎに7という概念に付け加えることによって、われわれはこれらの概念のそとに出て行かねばならないのである。したがって、われわれはこの7+5=12という命題によって自分の概念を現実に拡張し、はじめの概念に、この概念においてはまったく考えられていなかった1つの新しい概念を付け加えるのである。すなわち算術的命題はつねに綜合的である。

p.28~29

 で、この記述がなんか今回のヒントになる気がするんすけど、どうですか?

👼:あ、丸投げなんですね。

🐣:うーん、つまりここで言われているような、「両方の数の一方に対応する直観、たとえば5本の指とか、〔ゼーグネルが彼の算術書で示しているように〕5つの点といったものを助けにして、この直観に与えられた5つの単位をつぎつぎに7という概念に付け加える」といった作業が、温マさんはかけ算でうまくできないってことですか?

:そう、そうなんです。かけ算の計算を頭に思い浮かべてやろうとすると、10 × 0.3 = 3ってやるときにどうしてもつまづいちゃうんですよ。かけ算という機械の処理プロセスを頭に思い浮かべられない。結局、ひっ算を使ったり、わり算に置き換えたりして対応してますね。

🐣:なるほどね。では、そんなあなたにはこちらの書籍をおすすめします。

👼:日坂 水柯 (著, イラスト),結城 浩 (著)『数学ガール』ですね。結城浩の単著シリーズ『数学ガール』のコミカライズで、ディープな数学語りにラブコメ要素が加わったユニークな一冊です。

🐣:この漫画では、数学における「定義」の重要性について取り上げられています。以下に引用します。

 数学者は数学の世界を組み立てるために有用な数学的概念を見つけ出しそれに名前を付ける。それが定義だよ。

 その概念をはっきりと規定していれば少なくとも定義としては合格だ。(中略)でも定義が可能であることとその定義が有用であることは別。

(中略)

 数学はね、言葉を大事にするんだ。できるだけ誤解が生じないようにするために、数学は言葉を厳密に使う。そして、厳密な言葉の最たるものが数式だ。

p.39~44

:あ、そうか、なるほど。定義ね。じゃあぼくはこれから自分にとって有用なかけ算の定義を身につければいいというわけですね。

かけ算の有用な定義を考えよう

:というわけで、よろしくお願いします。

👼:こいつまた丸投げしやがった。

🐣:でもかけ算の定義なんてググればすぐ出てくるんじゃないですか?ちょっと調べてみますね。えーっと、デジタル大辞泉によると、かけ算はある数を他の数の表す回数だけ加えた合計を求める計算。乗法。⇔割り算。

:加えたってなると違和感あるんだよな。だって10 × 0.3 = 3に対して、10を0.3回加えるって説明だと意味わかんないじゃないですか。※あくまで温泉マークの主観によるものです。

🐣:うーん

👼:「倍にする」とか?

:え?

👼:「ある数を他の数の表す回数だけ加えた」計算じゃなくて、「ある数を指定した他の数だけ倍にする」計算。例えば、10 × 0.3 = 3なら、10を0.3倍にするという説明ができますよね。

🐣:たしかに「加える」より「倍にする」のほうが腹に落ちる気がしますね。比の計算をしている感じが出る。

:これなら温マにも使える気がします。

かけ算とわり算の関係

:なるほど、「倍」って言葉を中心にして考えると、ようやくかけ算とわり算の関係性が分かってきた気がします。つまり、こういうことですよね。

かけ算とわり算って比を表すときの矢印の向きのちがいだったんだ。

温泉マークはすっきりした

:いやー、ありがとうございます。おかげでこれまでよりもかけ算をちゃんと使いこなせる気がしてきました。これからはかけ算をするときには「ある数字に対して、入力した数字分だけ倍にする機械」を頭のなかで思い浮かべることにします。

🐣:ぼくもこれまであんまり考えずに計算してたから、今回はちょっと頭の整理になってよかったです。仕組みを理解して道具を使うのとそうじゃないのって大きな違いですからね。

:それに、今回の疑問が解けたおかげで数学者へのリスペクトの気持ちが湧きました。「有用な数学的概念を見つけ出しそれに名前を付ける」(=定義)のが数学者の仕事であり、それの最たるものが数式なのであれば、ぼくらが数式を使いこなすためにはまず数式が伝えている数学的概念を正確に掴まないといけない。カントが「本来の数学的命題はつねにア・プリオリな判断であり、経験的ではない」と断言しているのもなんだか理解できた気がします。

👼:なるほど、ただかけ算の仕組みを身につけただけでなく、カントが言っていることも理解できた、と。これはまさに…

:倍返しだ!

🐣:ん?

追記(その後、Mastodonにて…)

 以上の記事を10月2日に各SNS(Mastodon、X、Threads)にあげたところ、Mastodonにて戸惑いやたくさんのツッコミをいただきました。そしてかけ算の練習問題も出してもらい、正解したり間違えたりしました。
 というわけで、参考になった投稿をここでもいくつか引用したいと思います。

少数のかけ算の計算方法について

https://fedibird.com/@ChangKure/111165822012881458/embed

小数の計算っていったん整数に直してから10のべき乗で割ってるんですけど皆さんどうしてます?

 考えてみたらひっ算の計算ってこれだった…このやり方を教わってから小数のかけ算がめっちゃやりやすくなりました。

かけ算の元ネタと進化形

まず「最初に『かけざん』が発明されたときの発想」と、「最初の発想を “自然な範囲” で拡張していって定着した『現代のかけざん』」は、同じ系譜の元ネタと進化形で別物であるとして区別する必要がある。
多分根本的にはここの区別が甘いのではなかろうか

最初に「『3+3+3+3』は『3を4回足す』だから、これを新しい演算として定義しよう!」という発想があった。
ここまでは良いが、それはあくまで元ネタにすぎなくて、いわゆる “かけ算” の定義そのものではない。そこを区別する必要がある。

で、かけ算における “自然な拡張” ってやつは何なのかというと、たとえば交換法則 (掛ける順番を変えても同じだよね) とか、逆演算 (「nを掛ける」を取り消すような反対の演算があってもいいよね) の発想を取り込んだ逆数とか、分配法則 (足し算と組み合わせてもそれっぽく機能するはずだよね) とか、そういう諸々のこと

(まあ「10×0.3」という例自体について言えば、根本的には「小数って何だ」の部分に乗算が関係しているので、それが循環論法に見えているという面もありそう)

0.3 の定義がそもそも
3×{10をかけると1になるような数}
なので……

 かけ算の元ネタ→発展みたいな経緯を考えられてなかったので、ハッとしました。

問いと結論のズレについて

https://pleroma.tenjuu.net/objects/620d2984-a5be-4c85-bdcd-b899c591446b

温マさんのブログ、すげーまじめに書くんですが、前半は、2×2という式は「わかる(=具体的なイメージに変換できる)」が、10×0.3は「わからない(=イメージ変換できない)」、という話をしている。式がやっていることを具体的な操作に変換することができることが「わかる」ことの条件になっている。
後半に「有用な掛け算の定義」という概念がでてきて、「ある数字に対して、入力した数字分だけ倍にする機械」があり、それが具体的にどんな操作をしているかは知らないがそういう機械があるということにした、それが「倍する」という語の定義だ、で説明してしまってないですか。
つまり、前後半でゴールポストが動いているように見えました。

 なんかすっきりしちゃったからそのまま書いちゃったけど、本当ですね…

 皆さんたくさんの貴重なご指摘、ありがとうございました。まじで助かりました。これからはカントももっとちゃんと読まないとあかんと(カントだけに)思いつつ、まずは紹介してもらったこちらの書籍を読もうと思います。たのしみ。

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